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大津地方裁判所 平成7年(ワ)383号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、九九〇万円及びこれに対する平成七年九月七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決一項は仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求の趣旨

一  被告は、原告に対し、一七〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払い済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二  事案の概要

一  本件は、原告が建築請負業者の被告に注文して、二世帯用の建物を新築する請負契約を締結し、原告居住の旧建物を取り壊したところ、居住団地の境界協定に違反したため新築することができなくなったが、これは、隣接住民から建築工事に対するクレームがあった場合、工事中止等の支障発生の見込みにつき、被告が建築請負業者としての調査解明、告知説明・教示義務を怠ったためである等と主張し、債務不履行(契約締結上の信義則違反、公正な取引上の要請違反)又は不法行為に基づく損害賠償として、旧建物の価格相当の損害及び慰謝料の支払いを請求した事案である。

二  争いのない事実及び証拠上認められる基本的な事実関係

1 訴外松下興産株式会社は、今から約一五年前に、滋賀県草津市草津パナタウン桜ケ丘団地を造成、開発した。原告は、昭和五九年一〇月九日に、同団地に所在する別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を購入し、昭和六〇年一月二二日、その上に同目録(二)記載の建物(以下「旧建物」という。)を建築して、家族四人で居住していた。

2 原告の妻の両親乙山松夫夫婦は、阪神大震災に罹災し自宅を失ったため、まもなく原告方に身を寄せた。そこで、原告は、手狭な旧建物を増改築しようと考え、平成七年一月下旬(以下、特に年の記載がない場合は平成七年を表す。)から六月中旬にかけて、建築請負業者の被告の担当者と交渉を重ねた上、六月末日ころ、着工七月一〇日、完成一一月三〇日、請負代金三五六三万余円の約定で、旧建物を取り壊して親子二世帯居住用の軽量鉄骨造二階建プレハブ住宅(以下「新建物」という。)を新築する内容の工事請負契約を締結した(争いのない事実)。

3 被告は、原告と乙山が七月初旬までに旧建物から借家に転居した後、本件請負契約に従って同月一四日までに旧建物を取り壊し、翌一五日に地鎮祭をした。ところが、当日、隣家の丙川氏から、境界間隔の取決めに関する「草津パナタウン桜ケ丘(準)建築協定書(以下「本件協定」という。主な内容は後記のとおり)」に違反すると抗議を受けた。

4 そこで、被告と原告は丙川氏の同意を得るべく、その後数回にわたって同氏との交渉を重ねたが、結局同意を得ることができずに終わり、当初の新建物計画の代替案も原告が納得せず、最終的に、八月八日本件請負契約を合意解除した。

三  争点

1 請負契約上の信義則違反又は不法行為の有無

(原告の主張)

(一) 専門の建築業者である被告は、一般消費者のような原告と建物建築請負契約を締結する場合には、相手の意思決定に重要な意義をもつ事実について、取引上の信義則又は公正な取引の要請に反するような不適切な告知、説明をして契約関係に入らしめ、損害を与えてはならない義務がある。

(二) 原告は、建築して一〇年に満たない旧建物をわざわざ取り壊し、多額の借入をして新建物を建築する以上、本件請負契約締結の前後にわたり、被告の営業担当者に対し、新建物の設計が本件協定に違反し施工上支障をきたすことがないかどうか、確認してきた。これに対し、被告側は、前記取引上の義務を怠り、本件協定の実施は年々崩壊し、同団地内で本件と同程度の違反事例が多くみられると述べ、クレームがついても、本件工事の設計管理施工一切の建設業務を請け負う被告が責任をもって説得し、本件仕様に基づく新建物を着工すると不適切な教示、説明をした。そのため、原告はこれを信じて、本件仕様による新建物建築請負契約締結の重要な意思決定をなさしめ、本件請負契約に入らしめた結果、旧建物の取り壊し後、本件協定に基づく丙川のクレームによって、新建物の着工を中止せざるを得なくなり、後記の損害を被らせた。

もし、被告において、的確に調査して、隣家からクレームがついた場合には本件工事中止の危険性があることを原告に適切に教示し、対応策を予め誠実に提示していたならば、原告は旧建物取壊し・新建物建築の方法を採らず、旧建物の増改築案を採用していたものである。

したがって、被告は、契約締結のための準備的段階における過失があり、信義則違反に基づく損害賠償責任がある。

(三) 仮に、右主張が認められないとしても、被告は前記のとおり、本件工事の着工が隣家のクレームにより中止になるおそれがあったにもかかわらず、故意又は過失により、専門の建築業者としての調査解明・告知説明教示義務又は保護義務を怠り、不適切な教示、説明をしたため、原告に後記の損害を被らせたものであるから、不法行為(民法七〇九条、七一五条)に基づく損害賠償責任がある。

(被告の主張)

(一) 原告は、本件協定に基づいて旧建物を新築したのであるから、これが有効に存続していることを知悉している。被告は、一月以降の交渉において、原告の求めで五月二七日ころ本件協定に違反するプランを作成した際、原告に対し、同プランが本件協定に違反するので隣家の丙川、丁原両氏にプランを説明して了解を得るよう要請し、六月一〇日にもその旨念を押した。

(二) しかるに、原告は、プランが本件協定に違反することを丙川に説明しなかったため、地鎮祭当日、丙川から本件協定違反とのクレームがつき、その後同人と交渉を重ねたが決裂し、着工中止の止むなきに至ったものであるから、債務不履行又は不法行為の責任はない。

2 損害

(原告の主張)

(一) 財産的損害(一七〇〇万円)

原告は、唯一の財産であった旧建物を無駄に取り壊して喪失する損害を被った。現時点において旧建物と同程度の建物を再築するには一七〇〇万円を下らない。

(二) 慰謝料(五〇〇万円)

原告は、四人家族と乙山夫婦の大黒柱となって狭いながらも旧建物で共同生活をしてきたが、被告の債務不履行又は不法行為により、旧建物取り壊しという生活の本拠を失う甚大な損害を受けたばかりでなく、二世帯に分かれて不自由な借家住まいを余儀なくされ、双方の賃借料として月合計二二万円の支出を余儀なくされたばかりでなく、新建物の建築工事が中止という最悪の事態による失意、落胆と今後の生活に対する不安、極度の緊張から、多大な精神的苦痛を被っており、これを慰謝するには少なくとも五〇〇万円を下らない。

(三) 右合計額の内金一七〇〇万円に対する本訴状送達の日の翌日から支払い済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金

(被告の主張)

損害に関する原告主張事実は、すべて否認する。

原告は、本件協定が有効に存続することを知悉しながら、あえて本件協定違反のプランを被告に迫ったもので、被告としては、本件協定の範囲内に収まる設計変更をして提示したのであるから、これを受け入れてもらえば新建物を建築、完成できたのであり、無駄な取り壊しではない。原告は、旧建物を建て替えるため取り壊した後被告との本件契約を合意解除した上で、早急に他の業者と請負契約を結んで本件協定に違反しないような仕様で建て替えたらよいのである。これが実現できなかったのは、むしろ原告夫婦の強引さが招いたもので自業自得である。

第四  証拠《略》

第五  当裁判所の判断

一  争点1(債務不履行又は不法行為の成否)について

1 建設業を専門に営むものが、一般消費者を注文者として建物建築請負契約を締結する場合には、契約交渉の段階において、相手方が意思決定をするにつき重要な意義をもつ事実について、専門業者として取引上の信義則及び公正な取引の要請上、適切な調査、解明、告知・説明義務を負い、故意又は過失により、これに反するような不適切な告知、説明を行い、相手方を契約関係に入らしめ、その結果、相手方に損害を与えたときは、その損害を賠償すべき責任があると解される。

これを本件についてみるに、以下の認定事実に照らすと、被告は、本件協定に違反する建物を建築する場合に、「隣家からの異議により工事中止の危険性がある」という肝心の事柄を原告に告知、説明しなければならなかったのに、過失によりこれを告知せずに本件請負契約に入らしめ、旧建物取り壊しによる建て替え相当額等の損害を与えたものというべきである。

すなわち、本件請負契約の締結に至るまでの経緯と契約後の推移についてみるに、前記基本的な事実関係に、《証拠略》を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、原告とは旧建物の建築を請け負ったときからの付き合いで、アフターサービスや床張り替え工事の相談に乗ったりしていたが、一月末ころ、原告の妻花子から、被告の建設事業部住宅事業所営業課長代理井上寛(以下「井上」という。)に対し、両親と同居するため、建て替え、買い換え、増築の三案を検討してほしいとの依頼を受けた。

(二) そこで、井上は検討の上建て替え策を考え、二月一〇日に原告夫婦と第一回目の協議をしたが、双方とも本件協定の存在を認識していることを確認した。本件協定は、松下興産株式会社が同団地を開発したときに、同団地区域内の土地の所有者並びに建築物の所有を目的とする地上権者及び賃借権者の自主的な合意により締結されたもので(同協定四条、五条)、協定区域内の建築物の外壁又はこれに代わる柱の面から隣地境界線までの距離について、北側に接する部分及びその他の部分の当該距離部分がそれぞれ一・五メートル、一メートル以上となるように建築すること(同協定七条)と規定されていた。なお、昭和五七年四月一日以降、本件協定の管理運営は協定緑地管理組合が行い、平成六年一月一五日の自治会総会において、自治会に移管され、このときに、桜ケ丘団地全体を協定範囲とし、自治会が管理運営することが決議された。

原告は、昭和六〇年に旧建物を建築したときには本件協定に基づいて建築したもので、草津桜ケ丘パナタウンの自治会会員である原告は、平成六年一月一五日の自治会総会決議により、本件協定が有効に存続し、自治会において管理、運営されていることを知悉していた。

(三) 二月一二日の打合せの際、原告の妻と乙山夫婦から、建て替えの叩き台として平面図を示され、本件協定にこだわらない設計を要望された。

(四) 三月から五月初旬にかけて数回打合せが行われた。四月ころにはほぼ原告の要望に沿う平面図が完成したが、原告の妻は、井上から、「この間取りでは本件協定に若干違反する部分がある。北側以外の土地は境界から一メートル空けるという協定は割と守られているけど、北側一・五メートルは他の家で必ずしも守られている訳でない。」と告げられ、原告の新建物では約七センチメートル違反するという話であった。原告の妻が本件協定の拘束力について質問すると、「協定と言ったら拘束力は強いけど、パナタウンの場合は準協定でいわば町内会の決め事程度のものだから心配はない。一メートルの準協定も守られていない家もあるし、このまま工事にかかっても大丈夫だろう。」との説明を受けた。また、井上は、前記交渉期間の過程で、原告夫婦に対し、「本件団地内の本件協定違反事例を調べたところ、協定に合致しない事例が三、四件あった」と指摘し、実質的に隣地所有者との円満な話し合いがあればその違反は問題にならないと説明した。

(五) 原告の妻は、五月末にも被告の川元課長から、「本件協定を作成した松下興産さえ、審査は実にいい加減だったし、もう大分年数が経っているから多少違反しても大丈夫である。同じパナタウンの中でも比較的古く建った家では本件協定を守っていない家が多く、全ての家について本件協定を守るように指示があったのは平成六年一月一五日の町内会での総会以後のことだから、何とかなるのではないか。」と聞かされた。

(六) このような交渉過程を経て、原告は乙山夫婦との二世帯同居ができるように旧建物を取り壊して新建物を新築することに決め、六月末ころ、被告との間で本件請負契約を締結し、七月一八日には建築確認がおりた。原告の家族と乙山夫婦は七月初旬までに旧建物から借家へ転居したが、被告は本件請負契約どおり旧建物を同月一四日までに取り壊し、同月一五日地鎮祭をしたところ、隣家の丙川から被告に対し、新建物の配置は丙川敷地の境界に寄りすぎており、本件協定に違反するので、配置を変更してほしいとの申し入れを受けた。井上はこのことを直ちに原告に連絡した。そこで、原告夫婦は、当夜説明のため丙川方を訪問し、本件協定の遵守状況を述べ、今から設計変更すれば数千万円の費用がかかると説明したが、丙川は「新建物は旧建物以上に違反している。一・五メートル空けていない。」と納得せず、新建物の設計変更を要求した。

(七) 井上は、翌一六日に、丙川と話し合った結果、一・五メートルの件は了解する代わりに、新建物の間取りを左右反対にできないかと提案された。井上は同日原告の妻に報告した。原告は、家族ともども相談したけれども、左右反対案は物理的に不可能で受け入れることができず、代わりに乙山松夫の部屋を半間削る案を井上に伝えた。

(八) 井上は七月一八日にも丙川と話し合おうとしたが、「本件協定を完全に守ったプランでないと交渉の余地はない。」と拒否された。そこで、原告の妻は、翌一九日に自治会長に相談したが、「たった七センチメートルのことだから、丙川さえ納得してくれたら自治会は口を挟むつもりはない。」と言われただけであった。しかし、原告は、このころに至っても、被告の誰からも、隣家のクレームが付いたら工事が中断されるおそれがあるとは聞かされていなかった。

(九) 七月二七日、自治会長が仲に入って丙川夫婦、原告夫婦及び井上の四者会談をもった。席上、原告の妻が、震災に被災した実親と同居するため、借入の残っている旧建物を取り壊して数千万円を借り入れ、二世帯が同居する間取りの家を作るとどうしても新建物のような設計になることを訴え、「思いやるというものがないのか。」と口走ったため、丙川は態度を硬化させ、新建物の工事を強行するなら工事中止の仮処分を申請してでも反対すると言い返す始末で、会談は決裂した。原告は、同月二九日、知人に原告訴訟代理人の田中弁護士を紹介してもらい、着工しても問題がなかろうとの返事をもらったので、井上に対し着工してほしいとの希望を伝えた。

(一〇) しかし、生田総務部長、清水所長ら被告会社の主だった者らが、八月一日に初めて顧問弁護士の野玉三郎弁護士に相談したところ、<1> 本件協定が有効に存続しておれば、裁判所としてはこれを無視できないから、特段の事情のない限り仮処分ができる可能性があること、<2> 仮処分の手続上債務者審尋はあるが、工事中止の仮処分決定は一ないし二か月程度ででる見込みで、異議を出しても停止や取消の決定があるまで工事はできないことを教えられ、同日原告に対し初めてその旨を伝えた。

(一一) 原告は、八月五日に被告から代替プランを提示され、家族全員で検討したが、同案では乙山松夫の楽しみにしている庭が狭くなるし、名神高速道路からの騒音が一層入ってくるため、同月八日に被告の川元課長と最終面談し、こんな案ではなにも旧建物を取り壊す必要はなく、増改築で足りたと不満をぶちまけて、代替プランが検討の余地のないことを伝えるとともに、本件請負契約を解除し、費用の精算を要求した。被告は、これを受けて、同月一一日付で一一九万八九二〇円の精算書を提出した。

原告は、本件請負契約締結の際又は旧建物の取り壊し前に、被告から、隣家の同意が得られない場合には本件協定に違反する建物を建築することができなくなる旨適切に告知、教示されておれば、旧建物を取り壊さず増改築の方法を採ったものであり、現に、最初に被告と交渉したときは、建て直しのほか、増改築、買い換えの三案を相談していたものである。

(一二) 原告は、旧建物の取り壊し後、隣家とこれだけ揉めたので住み辛くなり、草津市の別の所に家を建てて家族四人で生活し、本件土地を更地状態で売りに出している。乙山夫婦は別の所(大津市内)で生活している。

《証拠略》中、右認定に抵触する部分は前掲証拠、特に、甲九、一〇号証、一八号証及び証人甲野花子の証言(右各甲号証は、甲野花子と乙山松夫において、本件請負契約締結前後のいきさつ、経緯、丙川との交渉経過等問題発生の都度記載したメモに基づいて作成したもので、同証人らはこれに基づいて証言しており、信憑性がある。)と対比してにわかに措信することはできず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2 右認定事実によれば、旧建物を取り壊して新建物を建築しようとする原告にとって、本件協定を根拠として境界に関する隣家のクレームが付いた場合に工事中止の危険性があるか否かは、本件請負契約を締結する意思決定に対し重要な事柄であることは疑いを容れないところ、本件協定の拘束力についての見直しは判断困難な事柄ではあるものの、後日被告顧問弁護士が適切に指導していることにかんがみると、本件協定が有効に存続していることを知悉している被告としては、専門の建築請負業者として、信義則又は公正な取引の要請上、本件請負契約を締結する際はもとより、おそくとも旧建物の取り壊しまでの間に、適切に調査、解明して、本件協定違反による新建物の建築工事に着工した場合には工事中止になる危険性があることを告知ないし教示すべき義務があったのに、過失によりこれを怠り、旧建物が取り壊されるまでの間に右工事中止の危険性を告知ないし教示しなかったため、次項の旧建物相当額、慰謝料の損害を与えたものといわなければならない。

この点、被告は、本件協定について隣家の了解を得るのは原告の責任であって被告に債務不履行等はない旨主張するが、この点については本件請負契約書にも特に記載されていないし、これを定めた覚え書等の確認書も提出されておらず、全証拠によっても、原告の責任で隣家の同意を得る取り決めであったか否か必ずしも明確でない。仮に、そのことが原告の責任であったとしても、工事中止の危険性を告知、教示する義務がなくなるものではない。

してみると、被告は、原告に対し、契約締結のための準備的段階における信義則違反により、次項の損害を賠償する責任があるというべきである。

二  争点2(損害)について

1 原告は、旧建物と同程度の建物を再築する費用相当額の損害を被り、その額は一七〇〇万円を下らないと主張する。

しかし、前記認定のとおり、原告は本件土地の上に旧建物を再築したわけでなく、別の所で別の建物を建築して居住しているのであるから、被告の債務不履行と相当因果関係のある損害は旧建物の取り壊し時における時価相当額(建築後約一〇年経過している。)に限定されるものと認められる。

そこで、その額についてみるに、《証拠略》によれば、旧建物と同型式、同規模、同内容の建物を新築する場合の工事費を二〇〇〇万円とする見積書が存在するが、同見積書は旧建物が建築後約一〇年経過した建物であることを看過していると窺われる上、旧建物と同一の建物を現在新築すれば右建築費を要するとしているので、直ちに採用できない。しかし、《証拠略》によれば、原告が平成七年四月ころ本件土地及び旧建物を売りに出したときの査定価格は、旧建物につき七九二万七〇〇〇円であることが認められるところ、旧建物の建築費が追加工事分を含め、約一二五〇万円であったこと、建築後約一〇年経過していることをにらみ合わせると、取り壊し時における旧建物の価格は七九〇万円であると認めるのが相当である。

2 慰謝料

原告は唯一の財産であった旧建物を失った上、新建物の工事を中止せざるを得なくなるという最悪の状態に直面し、かつ、乙山夫婦と同居するため本件請負契約を締結したのに、現在二世帯に分かれて生活せざるを得なくなる等精神的に多大の苦痛を被ったものというべく、1の損害を賠償するだけでは補われないと認められるが、隣家との交渉の経過等本件に表れた諸般の事情にかんがみると、被告の前記債務不履行によって原告が被った精神的苦痛は二〇〇万円をもって相当と認める。

以上によれば、被告は原告に対し、九九〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成七年九月七日から支払い済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

三  以上によれば、原告の本件請求は、前記の限度で理由があるからこれを認容することとし、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、九三条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鏑木重明)

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